村上春樹の「雑文集」から 音楽を考える

ちょっと大げさなタイトルをつけてしまいました。
村上春樹の「雑文集」の中の「余白のある音楽は聞き飽きない」のところで
「ピアニストのグレン・グールドが、本当の音楽とは観念として楽譜の中にあるんだ、と言う意味のことを言いました。」
と言うのを読んで
放送大学の「音楽・情報・脳」の4章「音楽を感じる脳は変化を感じる脳」の中の
「・・・オックスフォード英語大辞典などの〔music〕の1項目に『楽曲が描かれ、または印刷された楽譜』と定義されているように、音楽と楽譜とは相互に可逆的に変換することが可能なものとされている。このルールが成立するためには、原理的には音符という符号によって音の構造が細部まで明確に決定されなければならない。」
というのが漠然と結びつきずっと頭に引っかかっていた。
オタマジャクシ=意味のある音
とすると。
オタマジャクシを読める人は、音を聞かなくとも音楽を楽しめるということになるだろうし
これを成り立たせるためには、その音に付随した周りのつぶつぶは極力排除しなければ行けなくなるのだと思う。
この様に考えてくると、人間の耳が聞こえる以外の音は全て不必要なものとなるのだと思う。
人間が聞こえると認識しない震え(音は空気の振動なので)以外は音楽として認めないという子のになると思う。
多分皮膚で感じたりするのはこの様な学問では音楽とは別のものとなるのかもしれない。

コンサートに行ったりするとその後、ものがはっきり見えるような気がしたことが何度かある。
「音楽・情報・脳」を学んできてそれは、気がしたではなく、たぶん音楽にが体が反応して神経というか体全体が活性化しているためかもしれない。
今ふと思ったのだが、最近スポーツ選手が集中するためとして、ヘッドフォンで音楽を聴き気分盛り上げているようだが、これをハイパーソニック・サウンドで行ったらもっと効果があるのではないだろうか、等と考える。

私は楽譜が読めないので目で音楽を楽しむことはできない。
ので、録音媒体や、コンサートで音楽を楽しむことしかできない。
あるいは、頭の中で好きな音楽を鳴らすことくらい。


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